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悪意の解放・善意の発露 

つまりは、こっそり言いたいことを言うブログ

トランプ批判への違和感 その3(ポピュリズム批判という上から目線)

今年の流行語対象になるんじゃねーかと一瞬思ってしまうほど、最近聞くよ、ポピュリズム。日本では「大衆迎合主義」みたい言われるけど、もともとは権力者への市井の反発みたいなやつだからね。

 

まあ、昔からさ。口汚い豪腕タカ派っぽい政治家がでると「わぁーーーーっ」と人気が出てさ。でもって、政治はめちゃくちゃで尻すぼみになるパターンってあるじゃん。だから、そういうイメージなんだろうね。

 

なんていうかさ。人間て考えるのが面倒になるとさ。誰か自分を助けてくれるようなヒーローに委ねたくなるんだよね。毎日パンをくれるなら、奴隷になってもいいですよ的な。そういうのをポピュリズムだと非難したいんだろうね。

 

でもさ。奴隷根性丸出しの人間たちにも、選挙権はある。それが民主主義ってもんでしょうよ。自らの選択が間違っていようがその責任はみんなでとる。「人民の人民による人民のための政治」ってのな。どんな人間にも考える権利と選ぶ権利があるってのが民主主義でしょうよ。

 

今回、アメリカの法律に乗っ取った方法で、トランプは勝った。べつにさほど僅差じゃなかったよ。予想が大きく外れただけだ。

 

 

ずっとトランプが大統領になるなんて思ってなかったけれど、昨年の夏頃「あれ? トランプあるんじゃないか?」と思ったのは、日々テレビやネットを騒がせるトランプの「よろしくない言動」と、それを大きく報道するメディア。知識層はトランプ批判しておけば安泰。毎日毎日そればかりみているのに、なぜか支持率が下がらない。っていうか、むしろ上がることもある。

 

「市民がメディアの誘導を無視してんのか?」

 

大衆を誘導するのはメディアの専売特許じゃなかったのかい?

なのに、今回市民は口汚く下品で頭の悪そうなトランプの言葉の方に好感を持った。

 

それをポピュリズムと呼ぶのなら、確かにそうだろう。

しかしトランプが大衆に迎合したわけじゃない。

大衆がトランプを持ち上げたのだ。

 

 

それはそれで良しとして。

トランプ当選を悪夢とする米国知識層のみなさんは「本当に何を考えてトランプに入れるのかわからない」「彼らはトランプが神だと信じているのよ。思考停止して」とか言う。「政治のことがわからない人たちに選挙権を与えてはいけない」なんて言い出す人もいる。

 

馬鹿には選挙権を与えちゃいけない。

馬鹿が投票するときは、有識者が啓蒙しなくてはいけない。

 

 

そういう考え方が、一番反民主主義的だと思うんだが?

もし、頭のいい連中がだけが政治に関わるべきだとすれば、それはもう中国のようにエリート独裁制でやるしかないと思うのだが?

 

 

ポピュリズムの流れを作り出した市民は、そういう上から目線が気に入らなかったんじゃないか。

下品で反社会的なトランプの発言は、都会に住んでいて、知識と教養があって、とくに生活に困っているわけでもないのに貧困層に同情するような、リベラルエリートがもっとも嫌うところだもの。

 

トランプ支持者は実はトランプが好きなんじゃなくて、自分たちを政治の場所から排除しようとするリベラルエリートが嫌いなだけなんじゃないかと思う。

 

 

ならば。

トランプを作り出したのは、安易にポピュリズムを批判して、結果的に民主主義を否定することになっているリベラルエリートのみなさんなんじゃないか?